ベトナムに移り住むべき5つの理由

最近、短い旅行からホーチミン市(旧サイゴン)に戻った私は、この国のあまりの変わりように驚嘆せざるをえませんでした。

動乱の過去にもかかわらず、間違いなく今この国は静かで隔絶した後進国などではもはやなく、主要都市は急速に成長しています。国際的なホテル、レストラン、ショップが溢れ返り、活気に満ちた通りを大量の自動車が走り、ふと空を見上げると、光り輝く摩天楼が高くそびえています。国際航空会社が、大使館が、病院が、ベトナム人と外国からの移住者が共生する、この急速に巨大化するネットワーク社会へのサービスの提供にしのぎを削っています。ベトナムは生活するにも仕事をするにも素晴らしい場所だと言えましょう!

1. ベトナムで暮らす — 想像もしないことに出会える場所!
ベトナムは数千年も戦争と外国による占領の舞台でした。現在の平和は、この国の長い歴史のなかでは、ほんのヒトコマにすぎません。ホーチミン市の人びとは、とても心温かく、親切で、活発で、楽天的です。この国は比較的小さく、わずか33万平方キロメートルの面積しかありませんが、ここには美しい田園や浜辺、田舎の風景があり、思わず探検してみたくなります。歴史と文化の薫りが漂い、活気ある24時間年中無休の意欲的な姿勢で取引や商業が営まれています。ベトナムへ行けば、東洋における極上の生活を味わえます。

2. 成長する経済
ベトナムはアジア・太平洋地域で最も貧しい国の一つですが、農業、林業、建設業、工業の回復により、GDP成長率5%以上が毎年続いています。

失業率は3%以下と低く、労働力は安く、若い労働者が多いおかげで、西欧の大手企業がそのメリットと安い生産コストを求めて、ベトナムに移転しています。ベトナム人の熟練労働者が不足していることから、成長セクターであるIT、建設業、鉱工業、製造業、観光業において、移住者は最良の機会に恵まれています。

観光業と対外的市場開放が飛躍的に進むにつれ、英語話者の需要や英語教師向け語学研修(TEFL)の需要が高まっています。

3. 生活コスト — とにかく安い!
ベトナムでは人口増加の勢いが止まりません。生活と仕事の場として移住してくる外国人が増えているからで、彼らが惹かれるのは、心地よいライフスタイル、生活コストの安さ、安全な環境、活気ある文化、ほぼ一年を通じたトロピカルな気候です。ただし、すべてがおとぎ話の結婚式のようにはいきません。都心部の公害や交通状況の悪化は深刻です。

ホーチミン市は、世界一生活費の高い都市ランキングで140位です。現在その137位上位にある香港でこの記事を書いている私からすれば、それは新鮮な空気の息吹のようです。

都会の高級アパートから郊外の控えめな住まいまで、それぞれの予算に合わせてさまざまな宿泊施設が利用できます。

地元の食べ物と西洋料理の価格は桁が違います。運よく地元のバーやレストランで出される数多くの素晴らしい料理を食べられるなら、お財布の心配は御無用です! ビールや蒸留酒は安く、ワインは目が飛び出るほど高価です!

4. 建設と開発
ベトナムの大都市やその周辺(ホーチミン市、ナトラン、ハノイなど)では、青空を背景に多数のタワークレーンが林立し、高層ビルディングの建築ラッシュが続いています。

巨大幹線道路や鉄道インフラのプロジェクトが進行中です。その大部分は、外国からの直接投資によるものです。

ベトナム政府は、お金の流れをつくり出し、建設工事を加速させるため、投資家や建築請負業者、建設資材納入業者向けに数兆VND(1米ドル=約2万VND)を融資しています。また公営住宅計画を支援する強い動きもあります。

5. 越僑 —「我々には君たちが必要だ!」
中国人の「華僑」と同様、「越僑」とは、ベトナム国外に移住したベトナム人のことです。越僑は約300万人います。その大多数は、1975年にサイゴンが陥落し、共産党の支配に移ったため、難民となって国を離れた人たちです。

ベトナム西部の地元の建設会社、エンジニアリング企業、不動産会社は、既存の企業であれ新興の企業であれ、帰国するベトナム人エンジニア、マネージャー、専門職の人材を雇用したがっています。越僑たちは、元々の強い文化的ルーツである意欲的な姿勢と母国語の能力に加え、西洋の教育や考え方(ベスト・プラクティス)を提供してくれるからです。

人手不足に悩む電子機器企業

労働傷病兵社会問題省(MOLISA)当局者によると、ベトナムでは多くの電子機器企業が人手不足に陥っているといいます。

オートメーション技術がヒトの労働に取って代わるという予測は数々ありますが、ベトナムの電子機器メーカーではまだ人手が足りていません。特に技能や資格を持つ人材が不足しています。

MOLISAの労働科学・社会問題研究所(ILSSA)労働環境条件研究活動センターの責任者Chu Thi Lan氏によると、ベトナムの電子機器企業の数は、2006年から2015年までの10年間で307社から1,165社へと年16.3%増の勢いで急増しており、電子機器企業で働く労働者数も2009年から2016年までの10年間で14万2,800人から45万3,200人へと急増しています。

ただし、彼ら労働者の約70%はその仕事に必要とされる資格を持っておらず、電子機器企業の80%は熟練労働者の深刻な人手不足に直面しているといいます。

この人手不足を招いている要因のひとつに「新しい技術」を挙げているのがILSSA所長のDao Quang Vinh氏です。

「新しい技術は、激しい変化への適応を労働者に求め、競争を活発にし、製造コストを引き下げ、より質の高い労働者の需要を確立する」とVinh氏は述べています。

しかしながら、ベトナム人労働者の大半は地方出身者で、技術職の訓練をまともに受けていません。そのため、技術変化に適応する柔軟性が彼らに欠けていると指摘するのがMOLISAの労働者・労組研究所の所長Vu Quang Tho氏。

Tho氏はまた、製造工場の過酷な労働条件も一部労働者の離職を助長していると述べています。

MOLISAの主任調査官Nguyen Tien Tung氏は、2017年にベトナム国内の電子機器企業216社で不正が発覚したことを明らかにしています。「いずれの企業も、従業員に超過勤務を強いており、それらの企業の6割が時間外勤務手当の規則に違反していた」ようです。うち27社は、重大な労働法違反で14億VND(6万1,600 米ドル)の罰金が科されました。それら企業の多くが労働者の権利を保証していなかったとTung氏は指摘します。

労働条件改善のため、電子機器企業に対して労働慣行の刷新、労働規則の厳守、労働基準の維持などの措置を実施すべきだと主張しているのがChu Thi Lan氏です。

Lan氏は、「電子機器企業は、強制労働と児童労働を絶対に避け、35歳超の労働者の解雇を差し控えるべき」とも唱えています。

電子機器企業は、新しい技術を導入する場合、その都度訓練・再訓練を労働者に施すべきだと主張するのが前出のDao Quang Vinh氏。

Vinh氏は、「労働者は(技術)変化を敏感に感じ取り、新たなニーズに応える新たな技能を習得する用意がなければならない」とし、「技術変化についていけない労働者には、他の雇用機会について情報が提供されるべきだ」と述べています。

Vinh氏はまた、電子機器企業で働く労働者の雇用の安定とOJTが図られるような政策の実施を政府に求めています。

RCHループ、ベトナムに新工場建設

RCHグループがベトナムに建設した新たな製造工場は、同グループのグローバルなビジネス展開を後押しするものとなるでしょう。

先進技術を備えた新工場では、RCHのPOS(販売時点情報管理)製品のためのハイテク電子機器が製造されています。2018年1月の操業開始以降、拡大するRCHの顧客基盤を支える生産能力は向上しています。

RCHは、洗練されたイタリアンデザインと革新的なハイテク製品でよく知られています。RCH製品の特徴である「メイド・イン・イタリー」とその高い品質基準を維持するため、イタリアから呼び寄せたエンジニアが品質管理をおこなっています。工場の作業全般は、イタリア人のパオロ・アンドレッタGMが管理しています。研究開発や製品設計、販売・流通などの中核機能は、イタリアにあるグループ本社が引き続き担っています。

「当社は久しくこの地域で仕事をしてきました。特にRCHのコアビジネスを特徴づけるハードウェアとソフトウェアなど技術面でのベトナムの発展ぶりを私たちは評価しています。」「ベトナム人労働者の高いスキルとロンアン省のインフラ開発投資も魅力的です」と語るのはRCHベトナムLLCのパオロ・アンドレッタGM。

中国の香港と広州市に事務所を置くRCHは、アジア・太平洋において久しくプレゼンスを維持しています。RCHのアジア・太平洋における販売・業務(S&OP)全般の地域本部は、引き続き香港がその役割を担います。

RCHグループについて

RCHグループは、小売り、食品・飲料、娯楽、ホスピタリティ、フランチャイズマーケット、パブリックセクター向けの先進的なPOSシステムを提供しています。グループの主力製品には、レジ、セルフサービスのチケット販売キオスク、自動レジ、クラウドベースの事務管理サービスなどがあります。

1969年に設立されたRCHグループは、世界40カ国にプレゼンスを持つ複数の企業からなるグローバル組織へと成長してきました。RCHグループはその特徴的なデザインを先進的な製品エンジニアリングと組み合わせたことで知られています。イタリア北部に本社のあるRCHグループは、パートナー・リセラーの広範なネットワークを持ち、オーストリア、ベトナム、中国、その他のアジア諸国にオペレーションオフィスを置いています。

ベトナムで働きたい外国人のために

インドシナの労働市場が活気を呈している今、あなたはベトナムで仕事をしてみたいとお考えですか? ベトナムのビジネス界は外国人には理解しにくいため、私たちベトナム・ガイドがお助けしましょう。ベトナムの経済、就労許可、雇用機会については、以下をお読みください。
* ベトナム経済は自由化しつつあり、目覚ましい成長を続けています。
* 大半の外国人移住者は、社会保障負担金が免除されています。
* 就労許可証の取得手続きは複雑であり、ベトナム政府は深刻に受け止めています。

ベトナムで働く計画ならば、ベトナムの文化的価値観と伝統を理解することが不可欠です。それなくして、強力なビジネス関係を築くことはできません。結局のところ、文化的価値観はビジネス環境に如実に表れるものだからです。

ベトナムは20世紀後半に激しい経済的混乱を経験しました。対米戦争(ベトナム戦争)と米国の禁輸措置は、今もその影響が強く残っています。他方、ベトナムは世界的景気後退による困難に直面しながらも、経済成長期を迎えています。それゆえ、ベトナムで働けば、大きな見返りが得られます。

ベトナムのビジネス界:階層がカギ
ハノイであれホーチミンであれ、ベトナムで働いてみれば、ベトナム企業が階層型組織であることをすぐに理解できるでしょう。決定を下すのはトップで、多くの場合、トップはその会社の最長老です。それゆえ、仕事仲間やパートナーに敬意を払うことを忘れてはいけません。特にその人が年長者の場合には。

ベトナムのビジネス界や社会において地位は重要な要素です。ベトナムで働くときは、年齢だけではなく、教育を通じて一定の地位が得られます。ベトナムのビジネス界はかつて男性が支配していましたが、上級ポストに就く女性が増えるとともに、この国では性的革命に進みつつあります。

貧困国から躍動的な経済へ
ベトナムは世界有数の低失業率の国で、2016年初めの失業率は2.23%でした。1986年以降、ベトナムは経済発展に成功してきました。過去四半世紀の間に世界の最貧困国から低中所得国へと地位を高めました。2000年代からはGDPが急激に伸び、貧困率も58%から14%に低下しました。

2015年に輸出が伸びた唯一の国がベトナムで、金融危機の影響は限定的でした。実際、ベトナムの危機対応は称讃され、GDP成長率は2014年が5.5%、2015年が6.5%を記録しました。

こうした成果の大部分は、主要経済セクター(農業、食品産業、繊維、家具、エネルギー、観光業、電気通信など)における政府の改革によるものです。すなわち国有企業の民営化、ビジネス環境の改善、外国投資の誘致促進、効果的な通貨政策の導入です。

こうしてベトナムは、経験に富み熟練した外国人移住者にとって働きたい国となりました。活発な国内消費とFDIを優遇する環境づくりによって、多くの機会が提供されています。

その一方、ベトナムの潜在的経済力には不安材料もあります。実際、大量の不良債権は銀行部門の頭痛の種で、不十分な資本化も深刻な脅威となっています。とはいえ、ベトナムの将来的見通しは依然として明るいものがあります。2016年にTPPに署名し、太平洋地域の他の11カ国(当時)との繋がりができました。また農業とエネルギーの潜在性は、熟練した低廉な労働力と合わさって、経済の明るい未来を保証しています。さらに2016年末のベトナムのGDP成長率は6.4%となる見通しです。

就労許可証:簡素化されつつある複雑な取得手続き
外国人移住者がベトナムで仕事を始めるには、就労許可証を取得する必要があります。そのために、外国人は労働契約を結び、(外国人のために手配する用意のある)雇用主がいなければなりません。外国人は、各都市に置かれた労働傷病兵社会問題省(MOLISA)の地方事務所に申請します。ベトナム政府は現在、就労許可要件の簡素化と取得免除に関する改革を進めています。いちばん最近の改革は2016年4月に実施されました。

就労許可証の取得免除対象者
外国人移住者のうち、労働許可証の取得が免除される有資格者について列挙されたリストがあります。以下はその要件を説明したものです。
* 働きたい分野で3年以上の経験がある学士号を持つ外国人移住者。これは、当該外国人が1度に30日以内、1年に合計90日を超えない範囲でベトナムに滞在する場合にのみ適用されます。
* 転勤してきた外国人移住者。彼らに転勤を命じた会社が次のいずれかの分野(情報技術、ビジネス、教育、流通、建設、保健、環境、金融、運輸、観光業、エンタテインメント)で事業活動をしている場合に限ります。本免除を受ける外国人移住者は、就労許可証の有効期間満了までベトナムに滞在することができます。
* 外国大使館の管理下にあるインターナショナル・スクールで働く教師。ベトナムの学校で働くときは、ベトナム教育省から許可を得る必要があります。本免除を受ける外国人移住者も、就労許可証の有効期間満了までベトナムに滞在することができます。
* ベトナム企業で働くインターン、国際的NGOから派遣された公認のボランティア、ODAプロジェクトの実施を支援する専門家。本免除を受ける外国人移住者も、就労許可証の有効期間満了までベトナムに滞在することができます。

また雇用主は、MOLISAに書類を送付しなければなりません。MOLISAは3日以内に就労許可証の免除を承認します。免除期間は2年間です。

就労許可証が必要な外国人移住者
ベトナムで働くその他の外国人は就労許可証が必要です。彼らはMOLISAに書類を提出しなければなりません。雇用が開始される少なくとも2週間前までに以下の書類をMOLISAに提出しなければなりませんが、可能であれば数カ月前に手続きを開始することを強くお勧めします。
* ベトナムで働くためにスタッフを派遣する外国企業での勤務証明書
* 有資格者により認証されたパスポートの写し
* 被雇用者の就労許可証を取得するために雇用主が書いた依頼書
* 外国またはベトナムの公認機関が発行した医療証明書(12カ月間有効)
* マネージャー、管理職、専門職または技術労働者の資格を証明する書類
* 出身国での犯罪歴。30日を超えてベトナムに居住している場合、ベトナム当局からこれを取得すればよい。
* 最近6カ月以内に撮影したカラー写真2枚(4 cm x 6 cm、背景白地、正面向き、無帽、サングラス不可)

MOLISAは7日以内に就労許可証の免除を承認します。免除期間は2年間です。

研修を求めるベトナムの若者たち

ホーチミン市のグエン・ヴァン・ラック通りにあるMai Sen Bistroは、ヨーロッパやアジアの料理を提供する、よくある「素敵なレストラン」とは違います。同店で働くスタッフは、恵まれない若者を対象とする国際標準の料理講座を無料で開く職業学校Anre Maisen Hospitality Training Centre出身の研修生です。

ドイツの二元的職業訓練システムに倣ったこのモデルは、ベトナム人のドイツ料理シェフで実業家のFrancis Nguyen Van Hoi氏がベトナムに導入したものです。

ドイツで最も成功したベトナム人の一人Hoi氏は、全国的なテレビ料理番組にゲストとしてしばしば呼ばれ、大企業が大宴会を催すときは、たびたび彼に助言が求められています。

「私は36年間ドイツで生活し、料理の腕のおかげで路頭に迷うことはありませんでした」と現在67歳のHoi氏は語っています。

1975年4月のサイゴン(現在のホーチミン市)陥落後、南(ベトナム)の激変によって、混乱と恐怖に陥ったHoi青年は母国を去る決意を固めました。

1976年1月にドイツに渡ったHoi氏は、最初はBavarianという居酒屋のセラーで働き、皿洗いやサラダづくりの仕事をして生計を立てていました。

3年後に法的資格が変わり、わずかながら蓄えができたため、料理学校に2年間通いました。料理人となったHoi氏は、ドイツ全国の企業やオフィスに食事を提供するグループのディレクターとなりました。その後、自分の料理店を持ち、ドイツのレストランにアジア料理を提供する会社を設立しました。

「ドイツの教育制度に感銘し、感謝しています。その二元的職業訓練制度の下で、研修生は会社でOJTを受け、賃金を得ながら職業学校に通います。ですから、この制度をベトナムに導入できれば、ベトナムの若者に同じようなチャンスを与えられると思ったんです」とHoi氏は語っています。

1990年に母国の土を再び踏んだ彼の心のなかで、ホスピタリティ研修センターの構想はますます膨らみ、ドイモイ(再生)政策の第一段階までに若干の変化もありました。

観光業とホスピタリティ産業は、当時はまだ発展の緒についたばかりでしたが、その豊かな文化、歴史、自然を含めて、ベトナムの観光業は大きな潜在性を秘めていました。

「ホスピタリティ産業のことをよく知っているからこそ、母国の発展に貢献したいんです。」

「なにより貧しい人たちを手助けしたい。戦争は多くのベトナム人から良い生活や明るい未来のチャンスを奪い、多くの家族や子供たちに飢えと貧困を強いました。」

「飢えや貧困がどういうものかはよく分かっています。私自身が貧しい子供でしたから。あの頃のことは今もけっして忘れません」と振り返るHoi氏。

Hoi氏は、父母と8人の兄弟姉妹がいました。彼は両親にとって初めての子供でした。Hoi氏の両親はドンナイ省南部の貧しい農家の出身でした。一家は約3,000平方メートルの痩せた農地を耕して暮らしていたそうです。

両親は知人のつてを頼ってHoi氏をサイゴンの慈善学校に通わせました。息子にもっと良い食事と勉強ができる機会を与えてやりたいとの親心からでした。

「私はいつも慈善学校、特にスロヴェニアからやって来たAnre Mai Sen司祭に感謝していました。司祭は慈愛に満ち、貧しき者を助けてくださいました」とHoi氏。

「Anre Mai Sen司祭は、私にとってお手本です。司祭は、裕福な人たちに障害者を助けるよう呼びかけました。仕事で成功を収め、より良い生活を送れるようになったら、私は貧しい人たちを助けたいと考えていました」と語るHoi氏。彼にとっては、それこそがAnre Mai Sen司祭や自分を助けてくれた人たちへのご恩に報いる方法なのだと言います。

ドイツに家族を残して2013年にベトナムに帰国したHoi氏は、非営利のホスピタリティ研修センターという彼の構想を実現しました。

「家族と遠く離れ離れで暮らしたいと思う人はいないでしょう。私の妻も息子も同じです」とHoi氏。「ですが、私は彼らにこう説明しました。30年間ドイツで生活し、私は夫として、また父として義務を果たしてきた。私が今日あるのは、多くの人たちのおかげである。今こそ直接間接にその恩義に報いるときなのだと」。

Hoi氏は家族に応援され、60歳代で母国に戻り、18歳から22歳までの恵まれない若者たちに宿泊付き研修コースを無料で提供しました。

Hoi氏の学校では、3年間の研修でホスピタリティの要領を学び、修了時にはドイツ商工会議所による試験を英語で受けます。全カリキュラムは、ドイツの高い基準に従って構成されており、研修生は外国人の教師や顧客らと意思疎通ができるように英語も学びます。それは、彼らが将来国際レベルのレストランで働くときのための準備でもあります。

2014年半ばに彼の学校に最初の研修生を迎える準備として、Hoi氏は恵まれない子供たちに研修コースがあることを知らせるため、地区や教会、パゴダ、慈善学校に案内状を出しました。街で出会ったストリート・チルドレンにも直接声をかけました。

「私の非営利センターには多くの人が懐疑的でした。特に資金面で。子供を教えるにも、彼らに研修や宿泊施設を提供するにも、外国人教師を雇うにも、レストランを借りるにも、多額の資金が必要だからです。」

Hoi氏の資力ではとてもそれらを賄いきれません。そこで彼は、ベトナム国内外で寄付を募りました。

「ベトナム人でわが子を料理人やウェイターやパン職人にしたい親はいないという声もありました。むしろ親の願いは、わが子を大学に通わせ、将来エンジニアや医者、会計士、銀行家にしたいということなんです」とHoi氏は語ります。

Mai Sen Schoolの最初のコースには36人の研修生が入校しました。彼らは2017年半ばに卒業しました。このうち10人はそのまま学校に残って働きましたが、その他の卒業生は市内のレストランやホテルに就職しました。

彼らの月給は約8〜10VNDで、新米のコックとしては比較的高いほうです。

「生徒が成長する姿を見るのは嬉しく、励みにもなります」とHoi氏は言います。

「ある卒業生がこう話してくれました。彼女は家族に嘘をついてMai Sen Schoolで学んでいたと。というのも、コックという厳しいわりに恵まれない仕事に娘が就くことを家族は望まなかったからです。しかし最初の給料をもらった日、彼女は本当のことを家族に話し、彼らの理解を得たのです」とHoi氏は語っています。

このベテランシェフは、職業学校に対する差別は残念だと言います。

「あらゆる職業は尊敬され平等にみなされるべきです」と語るHoi氏は、自分や自分の仕事がドイツのような先進国で尊敬されていることを喜んでいます。

現在21歳のPham Thi Thu Hau氏は3年前、高校卒業後にMai Sen Schoolの最初のコースを受講しました。ハノイ市第一区のホテルでウェイトレスとして働くHau氏は、3年間にわたる学業と寄宿生活は、忘れられない思い出でいっぱいだと語っています。

Hau氏は、クラスで教え、キッチンで生徒に指示するときのHoiシェフの厳しさが印象に残っているといいます。しかしながら、教室を一歩出ると、Hoi氏はとても気さくで、ユーモア感覚もありました。

Hau氏は、Mai Sen Bistroの店内が閑散とし、学校運営のための資金が乏しく、生徒も教師もコメと野菜だけを食べていた頃のことが今でも想い出されるといいます。

野菜を食べ過ぎて、胃袋が真緑になるほどだったと皆冗談を言い合っていました。

最初の3年間、学校は多くの困難に直面したようです。Hoi氏はふだん午前3時に起床し、市場に出かけます。午前5時頃から、教える者と教わる者とが協力して料理の準備に取り掛かります。テーブルを整える者もいれば、野菜を洗って刻む者もいます。最初のレッスンでは、多くの研修生が包丁の持ち方すら知らず、何の肉の切り身なのかも分かっていませんでした。

「今では事が段取りよく運ぶようになってきている」と言います。Mai Sen Schoolで学ぶ若い研修生は125人おり、彼らの寄宿費は月約4,500万VND(2,000米ドル)です。

同校で学びたいと応募してくる若者は増えていますが、全員を受け入れることができないのが現状です。寄付者からも、良質な水準の研修と生活条件を維持するため、研修生の人数を制限するよう求められています。

大学は出たけれど。。。

Nguyen Van Duc氏は2年前、ベトナム有数の名門大学で経済学の学士号を取得しました。現在はハノイのバイクタクシー運転手として働いており、月収は約250ドルです。

両親とも副業で遣り繰りしなければならないほど貧しい家庭だったため、3人兄弟のなかで大学に通えたのはDuc氏だけでした。ベトナムの失業率は2.3%にすぎませんが、Duc氏は、大学は出たけれど、好きな分野の仕事に就けない何千人もの大卒者の一人です。

「大学では、厳しい理論的訓練を受け、共産党の歴史とホーチミンの思想を詰め込まれただけでした」と、その25歳の青年は語ります。

ベトナムの学校では、低賃金の組立流れ作業の基礎的スキルを教わりますが、大学はもっと複雑な仕事ができるような教育をしていません。ベトナム人労働者の賃金が上昇し、基幹製造業が他の低賃金国に流出してしまえば、世銀の定義する「中所得国」(一人当たりの所得4,000ドル以上、これは現在のベトナムの水準の約2倍の水準)を達成するというベトナム政府の野心が頓挫しかねないからです。

スタンフォード大学の開発経済学者スコット・ロゼール氏は、「次の経済段階にうまく移行できた国は、中所得国である間にすでに先進国並みの教育レベルに到達しています。そこに到達していない国は立ち行かなくなります。つまり中所得国の罠に嵌っているのです」と指摘しています。

シンガポール、韓国、台湾は、高学歴の労働者が必要になるはるか以前から質の高い大学を備えていました。逆に、アルゼンチン、ブラジル、メキシコなどは、教育投資が不十分だったこともあり、中所得国になってからも鈍い歩みを続けています、とロゼール氏は言います。

ベトナムの大学生が最初の2年間の大半を費やして学ぶのは、批判的思考のような雇用者の期待するスキルではなく、革命指導者ホー・チ・ミンや社会主義、共産党の歴史についてです。その挙げ句、学位はあっても必要なスキルを欠く労働者が増産されるのです。そうした労働者に対して多額の賃金を支払うことを企業は嫌がる、とベトナム商工会議所は説明しています。現在、ベトナムの大卒者の失業率は17%にのぼります。

政府への圧力
「ベトナムに進出してくる外国の民間企業は、優秀な熟練労働者や管理職、エンジニアを求めています」と語るのは、ホーチミン市にあるハーバード・ケネディ・スクール・オブ・ガバメントの上席研究員Nguyen Xuan Thanh氏です。「ベトナムでは中間層が拡大しています。親御さんは教育の改善を求めており、その期待に応えるよう政府への圧力は強まっています。」

最近は、将来の就職のことを考えて、子弟を海外で学ばせようとする親が増えています。日本学生支援機構によると、語学学校を含めて日本で勉強するベトナム人の数は、2016年5月までの6年間に12倍以上となる約5万4,000人にまで増加したといいます。

当局も課題は認識
「政府は、大学における訓練の質を改善しようとはしています」と語るのは、教育省の新たなカリキュラム戦略を監督しているNguyen Minh Thuyet氏。「私たちは、仕事に役立たない科目の削減に向けてカリキュラムを刷新する必要があります。ただし、その進捗状況ははかばかしくなく、ほとんど前に進んでいません。」

識字率と生産性
ベトナムの大学は過去10年間で約450校にまで増えました。政府は、大学進学者数を今後10年間で約8%増、2020年までに56万人にする計画です。

労働科学・社会問題研究所の調べによると、2017年のベトナムの識字率は97%でしたが、ベトナム人労働者の3分の1が高卒でした。

現状において、ベトナムは生産性が低いわりに、急速に発展しています。世界銀行は、ベトナムの成長率は2019年までは6%超を続けるとの見通しを示しています。ただし、その労働力から最大限の生産性を引き出しているかとなると、ベトナムは域内諸国の後塵を拝しています。

ベトナム経済の工業生産力は、東南アジア諸国のなかでも最低水準にあります。シンガポールの工業生産力はベトナムの26倍、マレーシアのそれは6.5倍、タイとフィリピンのそれは1.5倍です。

プラス材料
それにもかかわらず、いくつかの理由から期待も持てます。米国務省から資金援助を受け、ベトナム政府が承認した初の独立・非営利組織フルブライト大学ベトナム校が今秋開校する予定です(同校のThuy Dam Bich校長談)。同校ではマルクス主義も教えられますが、欧米の大学で通常おこなわれているように、ヘーゲルやカントらの哲学と同様に扱われます。

企業各社は、労働者の能力を期待する水準に引き上げるため、若者に追加の教育を施しています。ベトナム最大の情報通信会社FPTは、国内約2万人の高校生や大学生を教育するための施設を備えています。ホーチミン市に組立・試験工場を持つインテルは、複数の教育プログラムに2,200万ドルの出資を約束しています。

しかしながら、この国の既存のシステムに嵌ったまま身動きのとれない人にとって、教育は「時間とカネの膨大な無駄使い」になる可能性があると労働科学社会問題研究所のLuu Quang Tuan副所長は指摘しています。

「多くの大卒者は、チームワークや組織的技能のような企業で働くための重要なスキルを欠いており、それも経済の足を引っ張っている要因です」とTuan副所長は述べています。

テクノロジー企業各社がITチーム拡充の動き

複数の人材派遣会社の調べによると、多くのテクノロジー企業が2018年にITチームのスタッフを前年比10〜15%増員するようです。その背景には、ベトナムのIT産業の見通しが明るいことが挙げられます。

IT求人ウェブサイトITviec.comがテクノロジー企業49社を対象に実施したアンケート調査の結果が1月31日に発表されました。それによると、ベトナムのテクノロジー企業の大多数が、優秀な熟練プログラマー、手頃な労働コスト、政治的安定などの点で、ベトナムはITハブとして大きな利点があると考えているようです。

調査対象となったテクノロジー企業のうち81%以上が、ベトナムは検討された他の諸国よりも労働力が豊かで、労働コストも低いと答えています。また75%は、ベトナムのITエンジニアは技術スキルの面で他国のITエンジニアよりも優れていると答えています。

今後12カ月間にITチームを10〜50%増員すると答えたテクノロジー企業が69%、また50%超増員する計画であると答えたテクノロジー企業が9%となっています。

最も需要がある人材は、創造的に思考し、問題解決法を提案することのできる上流開発者です。上流開発者を最も求めているIT企業は55%にのぼります。

ITviecのCEOクリス・ハーベイ氏は、「ベトナムは、東南アジアのみならず、世界全体のテクノロジーハブになりつつある。ベトナムに進出する外国のIT企業は増加しており、Foody.vnやVNGなどの国内企業も急速に成長している」と述べています。

2013年にホーチミン市に進出したオーストラリア系企業Teamscal Pty Ltdは、今後12カ月間にITチームを10〜30%増員する予定であると同社の取締役マイケル・ロッブ氏がViet Nam Newsに答えています。

シンガポールを拠点とし、2014年にホーチミン市で業務を開始したRobust Tech Houseは、2018年にITチームを30〜50%増員する予定であると同社の取締役ミッシェル・コー氏が明らかにしています。

スペシャリストの人材紹介会社Robert Waltersが実施した2018年の給与に関する調査によると、上流・下流IT開発者(特にNet, PHP, Javaの熟練開発者)の給与アップと需要の増加は2018年も続く見通しです。

アジャイルなどのスクラム開発手法を採用する企業は今後も増えていくことが予想され、その原理を確実に理解するプロジェクト・マネジャーの需要が高まるでしょう。

またベトナムの主要セクター全般でビッグデータの使用が着実に広まりつつあることから、高度熟練開発者の需要は2018年も引き続き高まるものと見られます。

Teamscal Pty Ltdのロッブ氏は、「ITプロフェッショナルの数は多いものの、国際標準を満たすのに何が重要かについて見識の浅い人たちが応募してきている」と述べています。

総じてITエンジニアたちは、国内的な役割には適応できても、海外のクライアントにはうまく対応できないとロッブ氏は指摘しています。

「この点は、ベトナムを拠点とする国際企業が増えれば改善すると思いますが、それにはまだ時間がかかる」とロッブ氏は見ています。

ロッブ氏はまた、国際経験のあるエンジニアと国際経験のないエンジニアとでは大きな差があると指摘しています。考え抜かれたリーダーシップ、コミュニケーションレベル、英語力、異なる考え方を受け入れる基本姿勢などの点においてそれが顕著です。

ロッブ氏によると、国際レベルで貢献する姿勢と能力を持つエンジニアは少数ながら増えてきているようです。

Robust Tech Houseのコー氏はこう述べています。「ホーチミン市には一大ITセクターがあります。ITセクターは働くのに魅力的な産業なので、多くの求職者が集まってきます。ところが、彼らのなかには十分な資格も、訓練も、経験もない人がいます。ですから、求人は多いものの、実際に働ける人材はわずかしかいません。専門スキルの有無をもってわずかな人材をさらに絞り込むなら、ただでさえ全世界的に人材が払底している現状では、結局のところ、企業が適材を求めてしのぎを削り、求職者を篩いにかけざるをえないのは何の不思議もありません」と。

IT産業の本質は、進化のスピードが速い点だとコー氏は言います。ブロックチェーンやAI、チャットボットのように流行(はや)る技術もあれば、時代遅れとなって姿を消す技術もあります。

コー氏はまた、人びとが新たなニーズに対応する新たなスキルを習得している間に、企業側の求める人材が変化することもあると述べています。

ITviec.comの調査によると、新人エンジニアの給与は上昇しているようです。

調査対象となった企業のうち45%は、IT新入社員の給与は前年比10〜20%アップしたと答えています。

37%の企業はIT新入社員の給与は10%アップし、16%の企業は20%以上アップしたと回答しています。

給与は上昇していますが、ベトナムは依然として競争力があります。回答した企業のうち94%は、ベトナムのバリュー・フォー・コスト(費用に見合う価値)は同等の諸国のなかでいちばん高いと答えています。

Robert Waltersの調査によると、概して転職者はそれまで働いていた会社よりも20〜25%高い給与を受け取っているようです。

エンジニアが農薬散布ドローンを開発

バクザン省北部のルックナム県ではカスタードアップル栽培が盛んです(総面積1,700ha)。テトと呼ばれる旧正月の祝祭後、栽培農家はカスタードアップルのハダニ被害を防ぐための農薬を手作業で散布しています。

「カスタードアップル栽培の支障となる害虫はそう多くいませんから、一回散布すればいいだけなんですが、ただ心配なのは、農薬を散布する人間が直接それにさらされてしまうことによる健康被害です」と語るのは、ルックナム県のBui Van Quang氏。

一方、定期的に農薬を散布する必要のある農作物には、米やオレンジ、ライチなどがあります。

ベトナム保健省予防医療総局によると、国内の農業従事者のうち、農薬の吸入により死亡した者は年間300人以上、深刻な健康被害を受けた者は5,000人とされています。

農薬被害の防止と散布作業の短縮を目的として、機械工学士のLe Phi Cuong氏と彼のチームは、農作物に向けて農薬を正確に散布することのできるドローンを開発しました。

このドローンはA16と呼ばれ、一度に農地1ヘクタールへの農薬散布が可能な10リットルの農薬タンクを搭載しています。A16を使えば、手作業よりも約30倍速い30分少々で散布作業を完了させることができます。

最大高度20メートルまでの傾斜地は、手作業での農薬散布には適しませんが、ドローンではそれが可能です。農業従事者はアプリ搭載の携帯機器でドローンを操縦します。散布作業をより迅速化することで、害虫や病気を適時に食い止めることができます。

A16はわずか22キログラムと軽量で、一機あたりの価格は農薬搭載可能量に応じて1億6,500万VND(7,200米ドル)〜3億6,800万VND(1万6,200米ドル)となっています。

「私たちは、安く、使いやすく、保守の容易な技術をめざしています」とCuong氏。

A16は、何か問題が生じたときにすぐに戻って来られるように6〜8枚のプロペラを備えています。進行方向に障害物があるときは、センサーがそれを感知し、障害物の3〜5メートル前でドローンを停止させます。またドローンは、平地であれ、段々畑であれ、一定の高度を保つことも可能です。

Cuong氏は、飛行術と飛行機に早くから関心を持っていました。幼い頃、彼の家族はハノイ児童宮殿の近くに住んでいました。子供たちはそこでさまざまな文化・芸術活動に参加し、授業を受けることができました。

「宮殿に行けば、いろいろな型の飛行機を見ることができました。それらは、私の大のお気に入りでした。空中を飛ぶものへの特別な関心は、大人になっても薄れることはありませんでした」とCuong氏は語ります。

Chong氏はその情熱があり余って、ハノイの航空クラブに入会しました。そこでは、飛行機やドローン、飛行術について、会員同士が単なる趣味の域を超えて、各々が持てる知識を共有します。

「クラブでは、同じ情熱を持つ人たちとの出会いがありました。私たちは自己流で学んだ各々の知識をお互いに共有し合いました」とCuong氏は言います。

飛行体験を繰り返し、機械や飛行装置への理解を深めるとともに、実地調査を通じて専門的知識と実践的経験を得たCuong氏は2015年にドローンの開発計画に着手しました。

Cuong氏は、栽培と植物保護の分野における18年間の経験を、Pham Quoc Chien氏の電子機器分野における20年間の経験や、経営学の大家Pham Quang Thanh氏の経験と融合させました。彼らは三人とも航空クラブの出身者です。

クラブの会員には、航空管制技術・オートメーションの大家Nguyen Hai Nam氏や国際貿易の大家Ta Huy Phuong氏、情報技術の専門家Bui Van Mihn氏らも名を連ねています。

各自が得意分野(オートメーション、ソフトウェア、デザイン、エンジニアリング)を担当し、市場への影響と市場のニーズについて分析しています。

「ドローンは、最近ベトナムでも評判です。私は農家がハイテク農機具を利用できるようになればと考えております」とCuong氏は述べています。

開発チームにとって最大の課題は、ドローン免許の取得ということです。ベトナムでは、飛行装置を飛ばしたい場合、当局の許可を得なければなりません。

製品を市場に投入するに先立って、Cuong氏と彼のチームは、農業大学や農業農村開発省など、関係当局の指導者たちと協力し、免許手続きの軽減が可能かどうかを検討する予定です。

Cuong氏の説明によると、「各飛行装置は、国防省が禁止している区域への侵入を防ぐため、飛行高度と可動範囲を制限している」とのことです。

ベトナムが年間10万人以上の労働者を海外へ

ベトナム労働傷病兵社会問題省(MOLISA)によると、ベトナムは2020年までに労働者10万〜12万人を海外に派遣する計画です。

このうちの80%の労働者には事前に訓練を施す予定です。

MOLISA海外労働局のTong Hai Nam副局長によると、2017年の1月から11月までの間に海外で働いていたベトナム人労働者は11万8,859人(4万4,702人の女性を含む)にのぼるといいます。

海外で働くベトナム人労働者の数が10万人を超えるのは2017年で4年連続になります。

2006年から2016年までの間に年平均8万7,500人のベトナム人労働者が海外で働いていました(毎年4.2%近く増加)。

2016年のベトナム人海外就労者数は前年比8.9%増の12万6,000人でした。

このうち30%以上が研修を受けましたが、その前年となる2015年に研修を受けた労働者はベトナム人海外就労者全体のわずか15%でした。

2018年にベトナム人労働者は、より良い労働条件の下で、より高い所得を得られる新たな労働市場において働くことのできる新たなチャンスに恵まれるでしょう。

2018年の最も魅力的な市場は日本です。日本はベトナム人労働者が一定の分野で再就職することを許可しているからです。彼らの給与は、0.22〜0.25米ドル上昇することになります。ベトナム人労働者は、就労期間の延長が5年間まで認められます。

2018年の日本は、肉体労働者よりもエンジニア、技術者などの高度熟練労働者をより多く必要とするでしょう。

現在50万人のベトナム人労働者が他の国や地域(日本、韓国、マレーシア、台湾など)で働いています。

一方で、労働法規違反が絶えません。MOLISAの海外労働局は、海外人材派遣会社46社の名前を挙げ、免許を取り消しにしました。

それらの企業は、労働契約書に署名せずに労働者を海外に派遣したり、自社の人材派遣免許を別の個人や組織に使わせて、労働者を違法に募集し、手数料を徴収するのを許したりしていました。これらの行為は、ベトナム人海外就労者法(2006年公布)違反です。

また海外に労働者を派遣して違法に手数料を徴収したり、その他の違反行為を犯したりしていました。

これらの違反は、労働者との信頼関係のみならず、外国企業とのそれをも崩すものです。

当局がマスコミに語ったところによると、法令違反企業の数は過去最大だといいます。

ベトナムで営業する海外人材派遣会社は290社にのぼります。

MOLISAは、海外就労者の質の改善をめざし、そのための具体的措置として、海外人材派遣に厳格な規制を設ける意向を明らかにしています。

MOLISAはまた、2017年1月1日以降オンライン契約登録を実施するよう海外労働局に指示していました。その結果はオンライン上で公表され、すでに各社に送付されています。

ITの仕事は「女の子にはきつい」という女性差別的な規範に異議あり

ベトナムの女性の非識字率は男性の2倍です。読み書きができない少女たちは、科学技術分野の女性差別的な規範に公然と異を唱えています。

わずか3年前まで、Pham Thu HuongさんはemailアドレスもFacebookアカウントも持っていませんでした。そのため、ベトナム全土で増殖するインターネットカフェに行ったこともありません。実際、キーボードに手を触れることすらなかったのです。

その彼女が、今やコンピューター科学で大学の学位を取得しようとしており、ビデオゲームのコード解読に熱心に取り組んでいます。“Xin chao, the gioi”(「ハロー・ワールド」の意味のベトナム語)といった簡単な挨拶を印刷するのに予め習得しておかなければならないプログラミング言語全体に感動しています。

マイクロソフトの教育施策YouthSpark(ユーススパーク)の支援を得て、Huongさんは、アルバイトにあまり時間を取られることなく、学業により多くの時間を割けるようになりました。テクノロジー研究に関心を持つ将来有望な若い女性を対象にしたこのプログラムは、ハノイにある教育開発センターという非営利団体によって運営されています。学生たちは、職業上の目標について論文を書き、資金援助が必要な理由を説明した文書を添えて申請します。

YouthSparkは、テクノロジー部門を重視する一方で、より幅広い歴史的な流れも考慮に入れています。もともとベトナムには、サイゴン港に植民船を迎え入れた貿易商から、中国との陸の国境を自由に往来した商人にいたる、個人の起業家精神という伝統があります。この伝統の淵源は、多くの国々が誕生するよりもはるか昔にさかのぼります。

しかし、情報技術がもたらした現代の変化は、この伝統を更新しつつも、十分な知性があり懸命に努力する人であれば、その生い立ちを問わず、物事を成し遂げられるという精神を伝えています。

Huongさんの場合、出身地はナムディンの村で、首都ハノイからは100キロ以上離れたところにあります。その村は、豆腐と竹笠の商売で知られています。ナムディンでは、彼女の母親が病気の夫と息子を養うために野菜を売って生計を立てていました。Huongさんは近所のサイバーカフェでゲームをするための小遣いを両親にせがもうとはしませんでした。村はインターネットで繋がっていましたが、Huongさんに関するかぎり、World Wide Webは彼女の暮らす世界の片隅にまでは届いていませんでした。

その後Huongさんが将来テクノロジー分野で働きたいと考えるようになったとき、友人や親戚、隣人たちは口を揃えてこう言いました。「小娘がITの世界で何をしようというの?」

ある晴れた週末、オートバイに乗って颯爽と姿を現したHuongさんは、最近あるインタビューで、「みんな同じことを言うの。そりゃあ、きついよ。たぶん女の子にはすごくきついと思うよって。今でも彼らは、それは男の子がやることだって考えてるみたい」と答えています。

ベトナム人の独立をめざした徴(チュン)姉妹の反乱について書かれた小学教科書から、妊娠中や出産後の婦人を保護する職場政策にいたるまで、ベトナムは男女平等を国家の中心的な課題に据えています。それでも、女性差別的な規範はまだ生き続けています。Huongさんの村の人びとは、コンピューターは男がやるものというイメージに囚われていました。彼らが言うには、お前は女なんだから、ふつうの仕事に就くよりも教師のような仕事に就くほうがずっと向いていると。

しかし彼女の病弱な父親は、そのようなことは言いませんでした。Huongさんは昔を懐かしむように笑みを浮かべながら、父親がIT分野で働くよう彼女に勧めてくれたときのことを語ってくれました。ITスキルがあれば、娘には仕事が簡単に見つかり、自分のように経済的に苦しまずに済むと父親は思っていたのでしょう。Huongさんは当初、教育学を専攻しようと考えていましたが、父親を思いやって、教育学に代わる進路を探していました。たまたま叔父の家にあったパソコンをいじくるようになり、すべての情報が楽々と手に入ることに驚嘆しました。結局、彼女は首都ハノイの国立大学でコンピューター科学を専攻することに決めたのです。

Huongさんは今年(2018年)、ベトナム全国の8大学を対象とするYouthSparkスカラシップを受けられる女子学生80人のうちの一人となりました。IT関連の学位を重視するこのスカラシップは、ベトナムの幅広い経済開発目標にうまく適合しています。ベトナム政府は、テクノロジーを中心に据え、独自の促進措置を関係者と共同で設立しました。またIT起業者に対する税制その他の優遇措置を中小企業支援法に盛り込み、企業のオンライン・ビジネスを奨励するキャンペーンを推進しています。

しかしながら、女性が舞台の中央に躍り出るにはいたっていません。ベトナムでは女性の非識字率が男性のそれの2倍ですし、男性が1ドル稼ぐのに女性は75ドルしか稼げないのが実状です。Huongさんの学校にはコンピューター科学専攻の学生が56人いますが、女学生は彼女を含む8名しかいません。これも、科学・技術・工学・数学(STEM)における男女不平等の顕著な表れと言えるでしょう。

それでもなお、Huongさんはコンピューターやゲーム、それらの複雑な内部構造について徹底的に調べることに昂奮していました。彼女がプログラミングの勉強に使っているラップトップパソコンは、マイクロソフトの社員から贈られたものです。

「ゲームをやっていると、これって本当におもしろいなあって感じます。でもコンピューター科学を勉強していると、ゲームからバグをなくするには、たくさんの知識と経験が必要なんだと分かります。どのコマンドがどう作用するか、その論理を正確に知ることは、なんて素敵なことなんだろう」とHuongさんは興奮気味に語ります。

卒業後、彼女はソフトウェア試験技術者の仕事に就きたいと考えています。すでに日本の技術大手企業である東芝ベトナムから正社員採用の提示を受けています。これにどう応じるかはHuongさん次第です。